エデュコ族

33期生(2026年卒) 受験生・保護者(母)

 娘の受験が終わり、エデュコを卒業することは、小学校を卒業するよりずっと寂しい。お弁当を作る、夜九時に迎えに行く、ET(塾講師のニックネーム)と面談してやる気がでる(私の)。お尻の痛くなる長めの保護者会に参加し、「えーそんなにうちの子にはできないよー」と焦る。これら一連の流れは大変だったが、とても充実していたように感じる。


 小5の秋に、娘が泣きながら「受験を辞めたい」と訴えてきたことがある。難しくなる勉強についていけないし、私にはどこにも受かる学校がない、というのだ。エデュコの素晴らしさは理解していても、娘には内容が難しいかもしれないと転塾を考えたり、場合によっては受験も辞めようかと悩んだりした。

 しかし同僚のお子さんがエデュコの卒業生だった縁もあり、「うちの学校なら誰でも入れるから一度おいでよ」と誘っていただいたことで、なんとかエデュコも中学受験も続けることになった。


 だが6年になっても、いっこうに勉強への熱意は感じられない。いつになったらこの人は主体的に勉強するのだろうとイライラは募り、衝突することが多くなったし、模試の結果も芳しくなかった。


 さて私は都立高校で国語を教えている。教え子の中には小学校低学年の漢字も書けない生徒や、東大京大へ現役合格する子もいた。人様のお子さんは褒めることができるし、(私はけっこう授業中に生徒を褒めるタイプだと自負している)やる気スイッチ的なものが押された生徒たちのミラクルを、数多く目の当たりにしてきた。しかし、我が娘はいっこうに変わらない、頑固に自らのスタイルを貫き、継続を嫌っていらっしゃるように見える。


 いや、そんな生徒こそやると決めた時、爆発的に伸びるのだ! と自分を鼓舞してスケジュール管理し続けたものの、変化は訪れなかった。


 小6の秋にまた娘が泣いた。「あの時やっぱり受験を辞めるべきだった」今度は布団で丸くなり嗚咽していた。「ここまできたら、辞めたくてもやめられない、でも私には受かる学校はない」と泣く娘を見て、私も泣いた。ごめん、そうだよね、もう戻れないよね。友達の手前もあるし、撤退の時期は完全に逸しているのだ。あの時の震える背中を思い出すと今も切なくなる。


 それでも、受験を続けられたのは、エデュコが好きだったからだろう。冬期講習の前に、私は算数と理科はついていけないだろうから、エデュコではなく個別指導で受けるべきだと提案した。だが娘はエデュコにこだわった。


 最後の個人面談ではETに「エデュコ族にはなれずにごめんなさい」と私は伝えた。娘がエデュコの提唱する理念や勉強方法を実践できず終わったことが残念だったのだ。だがETは「冬期講習に毎日来ることも大変なんだから、立派なエデュコ族です」とまた励ましてくれた。

 1月の埼玉入試の後もあまり変化のない娘の様子から、正直、第一志望の学校は無理だろうなぁと思っていた。もしチャンスがあるならば、繰り上げ合格だろうと、繰り上げ後の予定を組んだ。


 そして迎えた1日。
 午前は座席が一番前で緊張し、問題に集中できなかったらしい。加えて、昼ご飯にロイホで黒✕黒ハンバーグを完食し、ダブルアイスまで食べ、腹痛になった。(これは親の責任でもあった。よく食べるな~と午前に頑張ってお腹も空いたんだろうな~と見ていたが、当然軽めにすべきだった。)さらに午後もまたもや座席が一番前となり、全く集中できず、午前午後とも不合格。
 2日。午前は、付き添い担当である夫の機転により座席が一番後ろとなり、なんだかついている。(ちなみに私は職場で心配し震えていたが、夫は待ち時間にサウナで自らをととのえていたそうだ。食事も喉が通らない母よりも、落ち着いた父と一緒の方が安心したのかも)そんなこんなで2日の午前入試で奇跡的に第一志望の合格を手にすることができた。(午後入試ではおまけに特待までついてきた。)

 

 しかしよく考えてみると、国語は最後の模試でも結果は出ていたし、随分とポイントを理解できるようになっていた。やたらめったら◯囲みをしていた初期の頃に比べると、大事なところに◯をつけられるようになっていたのだ。(キムタクに感謝!)苦手だった漢字も、直前にはだいぶ書けるようになっていた。

 算数は、最後まで苦戦したが、入試一週間前に突然変化が訪れた。初見の過去問で、九割近く取れるようになったのだ。娘に理由を聞くと「わかんないけど急にできるようになった」とのこと。「おお~、それは点と点がつながった感じ?」と聞くと「うまいこと言うね」とニヤリ。とても不思議だったが、これも娘が大好きなETから、算数の基礎を三年間に渡り徹底的に教えてもらえたことが実を結んだのだと思う。

 

 結果から考えると、家では自ら進んで勉強する姿は見られなかったが、エデュコでは真剣にやっていた(時もあった)のかもしれぬ。だから娘の合格は奇跡ではなく、エデュコの先生方のご指導のおかげと本人の(親の前では見せない鶴の恩返し的な?)努力の結果なのだろう。

 エデュコで学ぶということは、私の想像以上に大変なことだったのかもしれない。そこに身を置くことは、本格的で深い学びから逃げられないということなのだ。だが同時にそこで過ごすことは、その自信と誇りを子どもに与えてくれる、そんな場所なのだろう。

 

 教育の効果には即効性がある場合とない場合がある。その本当の意味がわかるのは、数年後のこともあるし、場合によっては老いた後かもしれないと常々思っている。今回、第一志望校の合格を頂けたのはエデュコの指導の賜物だが、この後にまた、エデュコに通ったことが実を結ぶ、そんなことが娘の人生に訪れるように思えてならない。

 

 だから娘がエデュコ族に本当の意味でなれるのは、やはりまだまだ先のような気がする。だがそれが私にはとても楽しみだ。

 

娘へ

 エデュコに通っていた三年間、褒めてあげられなくてごめん。勉強が嫌いで苦手だと思っているあなたがよく頑張って継続してきたと思う。そしてあなたが思うより苦手ではないのかもしれないよ。とにかく、最後まで戦い抜いたあなたは立派です、よく頑張りました!

 

エデュコの皆様へ

 エデュコの先生方、スタッフの皆さん、ありがとうございました。娘だけでなく、間抜けな親も含め、大変お世話になり感謝申し上げます。エデュコのますますの発展と、共に学んだ33期生の皆さんの活躍する輝かしい未来を、心より言祝ぎ申し上げます。