受験直後は「息子は息子なりによく頑張った半面、親の私がもっと勉強を見たり緻密に戦略を練っていれば、もう少し違った結果になったのでは?」と自身の至らなさを悔いていました。当時はあれこれと戦略を練ったつもりでしたが、本番という受験の魔物は事前の想定など容易く蹴散らしていきました。
・・・とシリアスに書き始めましたが、今は本人も親も進学先での新生活を楽しみにしています。どこに進学することになっても息子が楽しみに思えるよう、事前に環境を整えたことに救われています。
受験の嵐が過ぎ去って1週間ほど経つと、「親としてもっと出来たことがあったのではないか」という気持ちも多少陰りを見せ、「何回考えても私には勉強面の伴走は物理的・精神的に難しかっただろうし、5〜6年生に戻っても同じ選択をして同じ日程を組むだろう」と思えたため、少しずつ前を向いています。
「十代という多感な時期を高校受験に阻まれず、のんびりと回り道が出来る環境を与えたい」という私の願いから、息子を中学受験に誘導しまし
三十年前と様変わりした高度な学習内容に、「今はここまで大変なのか」と何度も思いました。当時の私よりも遥かに多くの学習量をこなした息子には頭が下がります。
最初は息子も不本意ながらの勉強だったと思いますが、「ここに通いたい」という憧れの学校を見つけ、自分なりの受験意義を見出して最後まで走り抜いたことに心からの敬意を表したいと思います。
息子は宿題をサボることも、撤退も口にすることもしませんでしたが、成績は常に低空飛行。本人は性格上あまり表には出しませんでしたが、成績に反映されず、苦しんでいたと思います。
そんな中、アンパン(講師のニックネーム)からいただいた年賀状に「自分にうそをつかない正直なところが大好きです。必ず花開く時がくるよ!」と書かれており、親子でその言葉を大切にしていました。
低空飛行でも地道に頑張っていた息子の努力が、小6の秋頃から少しずつ形になってきました。アンパンに「最近は正解出来ることが増えてきたね!」と言われ、彼自身も成長を感じられて嬉しそうでした。
最後まで自分なりに頑張った経験は、これからの長い人生において大きな糧となるでしょう。この受験を通じ、親としての在り方や子育ての目標、教育方針と我が家の価値観について、夫婦で何度も話し合ったことも良い経験となりました。
コントロール出来ること(親の価値観の変化・物事の受容)と、コントロール出来ないこと(子供は別人格)を出来る限り分けて考えることで、我が家らしい中学受験生活を過ごせたのではないかと思います。
「学校は入れ物にしか過ぎない。そこでどう過ごすかが大切。第一志望以外の学校でも喜んで進学した子はその後に伸びる。コツコツと勉強する習慣がついている子なら、どこの学校に行っても大丈夫です」というテッカ(エデュコ代表)の言葉を胸に、子供の成長を今後も見守り続けます。
大変な中学受験をエデュコで過ごすことが出来、素晴らしい先生方に出会えたことに心から感謝しております。通塾生活と宿題に追われる日々でしたが、息子はエデュコに行くことを楽しんでいました。ここで学んだ「勉強上手になろう」という精神を、これからの人生でも実践してくれることを願ってやみません。
最後になりましたが、
「丸いメガネをかけている」という理由で息子が「マルメ」というあだ名をつけさせていただいた村上先生。
入塾して最初にお世話になったムック(以下、講師のニックネーム)。
水筒から漏れた麦茶でびしょ濡れになった息子のテキストを、丁寧に乾かしてくださったバリカン。
社会の重要なポイントのプリントと面白いお話で惹きつけてくださったマッタケ。
講習時にお世話になったテッカ。(やはりテッカからのお褒めの言葉は嬉しそうでした)
事務方でいつも生徒達を暖かく支えてくださった湯田さん、中山さん、上島さん。
そして、息子のゆっくりとした成長をずっと見守り続けてくださったアンパン。息子にとって、幼稚園から小学校を通じて出会った先生の中で、アンパンが「一番大好きな先生」だそうです。
エデュコの益々のご発展と、熱意あふれる先生方の今後のさらなるご活躍を心よりお祈り申し上げます。そして、共に戦った33期生の皆様・保護者の皆様、本当にお疲れ様でした。